沖縄ウェディング プロデュース 「Love Baile(ラブバイレ)」

百人御物参(ももそおものまいり)衣裳

2014.01.28

儀式前の最終チェック☆

百人御物参(ももそおものまいり)の衣裳の様子!!

大あむしられを中心に!!

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百人御物参(ももそおものまいり)

2014.01.26

首里城で行われた神聖な祭祀行事の初の再現。

2014年の1月25日(土)・26日(日)に首里城にて行われた百人御物参(ももそおものまいり)という祭祀行事の再現。今回、首里城にて正殿裏手の「御内原(うーちばら)」の一部が新たに開館し、その記念イベントとして行われました。私は縁あってこのイベントで作事あむ(さじあむ)という神女の役をやらせていただきました。

百人御物参(ももそおものまいり)とは、神女たちが首里城及び周辺の聖域をお参りする行事であり、類似の行事を含めると、年間に6回程度(つまり2カ月に一度の割合で…結構多く感じます)行われていました。御獄(うたき)では国王の長寿とその子孫の繁栄、航海安全、国土の安全、五穀の豊穣を祈願。御獄や聖域を巡拝する行事は、首里城だけでなく、琉球全土で行われていました。

百人御物参(ももそおものまいり)に参加する一行は、三平等(みふぃら)の大あむしられと呼ばれる上級神女を中心とする神女9名と、王府の役人21人、総勢30人で構成されていました。三平等とは、首里城が位置する首里地域の行政区域の総称で、大あむしられとは、それぞれを管轄した上級神女のことです。首里城及び首里地域の祭祀行事を担当するほか、琉球全土の神女を統括する役割も持っていました。掟あむ(うっちあむ)・作事あむ(さじあむ)という、大あむしられを補佐する神女の一人をやらせていただきました。

真っ白の胴衣・下袴(どぅじん・かかん)に真っ白の打掛、頭は女髪に同じく真っ白のサージ(イメージは、浜千鳥の紫色の頭に結ぶはちまきが白になったようなもの)を巻いて、結び目はすべてサン結び、首からは大きく重たい水晶とヒスイ?できた勾玉のネックレスをつけました!!なかなか出来ない装束に、気持ちもしゃっきりと!!なんだか神々しい気持ちになりました。この衣裳で、首里城内の、首里森御獄や、京の内を巡拝します。しかも、リハーサルは首里城の閉館した後の夜の御獄や、開演前の明け方の首里城で行われ、年明けの1月から、なんとも贅沢な祈りの時間を過ごさせていただきました。

また上級神女の大あむしられの衣裳はというと、山吹色(黄色)の胴衣に、白の下袴、麻の打掛、同じく勾玉のネックレスを付けるのですが、私達よりももっと大きなものでした。そして、髪は女髪に、金の大きな(王妃がつけるような)ジーファーをさし、白のサージは付けていませんでした!!今度集合写真をアップします☆

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琉球八社のひとつ 普天間宮

2012.03.15

初詣にいつもお世話になる普天間宮

昨日、プライベートで用事があり昼間の普天間宮へ!普段、初詣にしか行かないので、昼間にしか入ることのできない鍾乳洞の見学もでき、身近なところの神秘に感激☆

その鍾乳洞は奥宮とも呼ばれ、昔の普天間権現時代の阿弥陀・薬師・聖観音を象徴する自然石三体を安置しているそうです。洞穴の入り口に、生殖器を象徴する陰陽石が古くから置かれているそうですが、どれがそれだったのかは確認できませんでした。

普天間宮の創建時代は明らかではないようです。縁起として、観音霊験譚と、美女の神隠し譚があると普天間宮の資料展示室にありました。美徐の神隠し譚は、首里桃原の美女は人目を避け家に閉じこもっていたが、妹の夫に姿を見られたので家を飛び出し、普天間の洞穴に入り消えた。人々は尊んで神とし、参拝して福を祈ったそうです。

1644年から国王の巡拝地となり、庶民の参拝者も増え、鹿児島への航海や出漁など海への出の場合にも拝まれたようです。

廃藩置県の際に普天間宮と改称し、現在は本殿にイザナミ・ハヤタマノオ・コトサカノオ・天照大神が祀られ、洞穴には土着の神々である日の神、竜宮神・普天間グジー女神・天神・地神・火ヌ神・子授け神・十二支ヌ神も合わせて祀られているそうです。

確かに、美女神隠し譚は、天照大神の古事記の伝説に類似する点がありますし、普天間宮に昨日行ってみて、宮司さんが日本古来の神道でお祓いしている傍で、ウガミをしている光景など、八百万の神が当たり前に共存しているあり方は、とても自然で柔軟な情景だと感じました。

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